生鮮3品の存続は若者が憧れるような職業にならないと
公開日:
:
2018/09/17
コラム

僕が修行していた頃は、店内で枝肉を捌いている光景が普通だった。お客さんと会話しながらリズミカルに骨を抜いていく。ヨーロッパの肉屋では当たり前のように見られる光景でも日本では見る機会が少なくなった。なにもかもが便利になる一方で大切なものも失われていく。職人にもなりきれていない僕なんかがえらそうに言うことでもないが、それでも伝えていかなければいけないものがある。肉屋だけでなく魚屋も八百屋も若者が憧れるような職業にならないと日本の食と人間の胃袋はそのうち崩壊すると思う。
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